【人生100年時代コラムVOL.43】「家に帰りたい!」の真意を見抜く!?

認知症高齢者の言動を理解するためのバリデーションとは

2019/7/11

認知症高齢者の言動を理解するためのバリデーションとは

「もう無理だ!」。認知症の親を介護している人は、意思疎通がうまく取れないことに絶望的になった経験は1度や2度ではないでしょう。しかし、バリデーションというコミュニケーション法を学べば、それまで理解できなかった言動の中にある、認知症高齢者の本当の思いが理解できるかもしれません。

  • 認知症介護にコミュニケーションは不可欠

    認知症介護にコミュニケーションは不可欠

    認知症を発症すると、コミュニケーションを取ることが段々と難しくなってきます。

    認知機能が低下していく過程で、現実ではないことをあたかも現実であるかのように訴え続けるようになったり、言語そのものを操る力が低下していくことなどが要因として挙げられます。

    症状が進行するとありがちなのは、夕方になると毎日のように「家に帰ります!」と帰宅を訴えたり、盗られてもいないのに「財布を盗まれた!」と言い募ることが続いたりするケース。いくら説得しても理解してもらえないことが多いことから、介護を行っている専門職や家族は、コミュニケーションそのものを諦め、訴えがどんどん強くなる場合には、投薬で当事者の行動をコントロールせざるを得なくなります。

    コミュニケーションを諦めることも、投薬で訴えを抑えることも、結局はコミュニケーションの断絶を意味します。

    私たち人間は、自分以外の人との関係性の中にあってこそ生きていくことが可能になる存在です。温かさが伴ったコミュニケーションの存在しない介護は、本当の介護とはいえないのではないでしょうか?

  • 認知症高齢者の言動には意味がある

    認知症高齢者の言動には意味がある

    これまで私たちは、認知症当事者が訴えることの「真の意味」を理解することが難しかったため、コミュニケーションを排除し、あえて遠ざけるような対応をとらざるを得なかったのかもしれません。

    もし、認知症当事者の訴えの「真の意味」を私たちが受け取ることができるようになれば、よりその人らしい生活を最後まで送ることが可能になるのではないでしょうか。

    そのためには、当事者の言葉を表面的な言語的コミュニケーションとして捉えるのではなく(「家へ帰る」=「帰宅願望」と決めつけるのではなく)、言葉の奥にある彼らの思いや感情を受け取ろうとする態度と方法が必要となります。これらを可能にする方法の一つが「バリデーション」といわれるコミュニケーション法なのです。

    「バリデーション」は米国人ソーシャルワーカーであるナオミ・ファイルによって1960年代に生み出されました。この方法では「認知症高齢者の行動には理由がある(その理由とは『認知症だからではない』)」とし、それまでは認知症ゆえの症状であると捉えられていた彼らの非現実的な行動には、そうしなければならない理由が存在するのだと考えました。

    では、バリデーションで、夕方になると家にいるにもかかわらず「家へ帰る」と訴える高齢者への対応を考えてみましょう。実際にあった在宅でのケースをご紹介します。

    女性Aさん(85歳、アルツハイマー型認知症、夫は10年前に死去、専業主婦、娘夫婦と同居。主な症状として、夕方になると毎日「家へ帰る」と訴え、玄関を飛び出し、帰宅できなくなることが続く)

    バリデーションを使用する以前の対応をご紹介します。
    (母:Aさん、娘:Aさんの実の娘)

    :「もう、こんな時間ですので、家へ帰らせてもらいます、先生」

    :「お母さん、何を言ってるの! 私は先生じゃなくて、あなたの娘でしょう。それにここがあなたの家でしょう。どこに帰るっていうのよ!」

    :「どこにって。私の家ですよ。早く、帰して」

    :「いいかげんにしてよ。お母さん、こっちの頭がおかしくなる!」

    :「帰るう~! 早くぅ」

    その当時、このようなやりとりがほぼ毎日のように繰り返され、娘さんは心理的な負担が大きくなり、自分がこのままでは倒れてしまうと思い詰めていました。そこで相談した専門職の方に「バリデーション」のことを紹介され、彼女は母と自分自身のために「バリデーション」を本格的に学ぶ1年間のコースの受講を決めます。

  • バリデーションによる対応でこれだけ変わる

    バリデーションによる対応でこれだけ変わる

    1年間バリデーションを学んだ後の対応は次の通りです。

    :「もう、こんな時間ですので、家へ帰らせてもらいます、先生」

    :「家に帰りたいのですね」(リフレージング※1、カリブレーション※2というテクニックを使用)

    :「そうなの。家に帰りたいの」

    :「家はどこにあるのですか?」(開かれた質問※3)

    :「ここからはかなり遠いわ。あの山のずっと向こう」

    :「そうですか。ずっと向こうですか。」(リフレージング※1)さらに、「では、お家に帰って何をするのですか?」(開かれた質問※3)

    :「ごはんを作らないといけないの」

    :「ごはんですか。では、どなたかが家におられるの?」(開かれた質問)

    :「小さな娘が私を待っているの。あの子がお腹をすかせて泣いているわ」

    :「お母さんはそうやって私を育ててくれたのですね。ありがとう、お母さん」

    その後、Aさんは「帰宅」を訴えることはどんどんなくなっていきました。

    • ※1 リフレージング:当事者の言うことを介護者が同じように繰り返すテクニック
    • ※2 カリブレーション:当事者の表情や声のトーンなどに介護者が同調するテクニック
    • ※3 開かれた質問:行動の奥にある理由を尋ねること

    当初、認知症のAさんは「家へ帰る」としか、訴えませんでしたが、バリデーションを学んだ娘さんが彼女の「昔の家へ戻りたい」という気持ちを受け入れ、その言葉を反復し(リフレージング)、その行動の理由を尋ねる「開かれた質問」をすると「小さい娘のために調理をしに帰りたい」とその理由を吐露します。

    こうしてAさんは、かつて自分の手で毎日食事を手作りし、子育てをした「母親」だったこと。そして、本当の自分は子どもに愛情を注ぎ続けた「母親」であったことをコミュニケーションの中から確認することができたのです。

    バリデーションは、認知症当事者が失ってしまいがちな自らの人生の価値を再び確認することを目指し、それによって生きる力を強く持つことを可能にします。バリデーションの習得には時間がかかりますし、これによって認知症が治るわけではありません。しかし、認知症当事者の「真の思い」と対話できるコミュニケーション法があることを覚えていただければと思います。

    *引用・参考文献

    • ・ナオミ・ファイル著「バリデーション・ブレイクスルー」「バリデーション・ファイル・メソッド」
    • ・ビッキー・デクラーク・ルビン著「認知症ケアのためのバリデーションテクニック」

    すべて全国コミュニティーライフサポートセンター刊

つむら・なおこ

都村尚子(つむら・なおこ)
関西福祉科学大学大学院教授 臨床教育学博士
激増する認知症高齢者への支援について研究し、高齢者虐待防止、高齢者の人権、援助する側の支援のあるべき姿を追究。症状が進んだ認知症の高齢者と都村氏のバリデーションによる「対話」がテレビで放映され、その効果が劇的であったことから注目を集める。『バリデーション~認知症高齢者とのコミュニケーション』はじめ著書多数。

コンテンツ提供:ハルメク